第16回かながわシニア美術展

中原 篤 「みなとみらい 雄姿 日本丸」

 

受賞作品

かながわシニア美術展大賞 県知事賞

 

特別賞(入選者最高齢者賞) 神奈川県共同募金会賞

 

優秀賞

 

審査員賞 かながわシニア美術展審査員賞

 

奨励賞 かながわ福祉サービス振興会賞

 

佳作 かながわ福祉サービス振興会賞

 

入選作品

日本画部門

 

洋画部門

 

彫刻・工芸部門

 

書部門

 

写真部門

 

審査講評

 

●大賞 審査員長 藤嶋 俊會 (美術評論家)

 審査の面白さ、あるいは厳しさはいい作品に出会うことである。ではいい作品とはどんな作風なのであろうか。答えは簡単でもあり、難しくもある。簡単にいえば伝えようとしている作者の意図がストレートに見る者に伝わる作品だが、これがなかなか見つからない。あるいは技術を超えて伝わって来るものがあるのがいい作品である、ともいえる。またいい作品は誰もが認めるものでもある。このようないい作品にはなかなか出会えないが、それでもたまに出会える時がある。

 まず日本画からは清水善之の「碓氷峠」(岩絵の具)が選ばれた。重要文化財に指定されている軽井沢のアーチ型橋梁を冬枯れの山林に合わせて描いている。役目が終わって淋しさが漂う対象を背景と共に捉えたところには、作者の思い入れも入っているようだ。
 洋画からは相良松男「明と暗の奥に」(12号)が選ばれた。作品が小さい分、画面の密度が濃厚であり、ちょうどよい寸法なのかなと納得させられる。アトリエの一隅に日光が当り、その空間がプリズム状に輝いているような小宇宙が描かれている。
 彫刻・工芸の鈴木孝一「切絵に思いを込めて」も、切り絵を切り絵に終わらせないで、絵画的な仕上げにまとめたところが評価に値する。書からは静虹「龍泉寺絶頂」、字形を変化させながら楽しんでいる気持ちを撰んだ。
 写真の二階堂尚「閉店の朝」は、自然や都会のさまざまな美しいシーンを追い求める写真界の傾向に対して、どこにでもある日常のひとこまを、何の加工も施さないでさりげなく撮ったショットである。写真の醍醐味はここにあると思わせる。

 

●日本画部門 西松 凌波(日本画家)

 この部門の本年の応募状況としては、まず作品のサイズに小ぶりなものが多い印象を受けました。が、表現しようとする力の質は高くなっていると一目でわかりました。故に賞を決めるのに少し気苦労がありました。この3年間に毎年、各賞を一段づつ登っていらした方の応募はありませんでした。しかしここ数年間に大賞など、過去6、7年前からいくつかの受賞をされた方々の出品が多くなりました。それは県が過去の資料を初回から整えて下さったので、よくわかりました。その上、本展の審査は各部門から選出した作品を審査員長が責任をもって決定することと、全審査員が全員で審議しますのでとても良い審査方法であると思います。

 それでは各賞の作品について記します。
 大賞の清水善之氏の「碓氷峠」はサイズM(marin海景)型20号の縦扱いで斬新な構図、構成の表現で雅号の位置も良かったと思います。
 優秀賞の田中實氏は昨年奨励賞をF40号の作品で受賞され、今年はサイズP(paysage風景)型50号に「灯火」と題されよりイメージを具現化し、彩色もより統一感がありました。が、雅号の位置は一考された方が、さらに良くなると思います。
 もう一方の優秀賞 髙橋和男氏の作品は特寸(88×88cm)サイズに題名どうり「斜面」をそそり立たせた表現でなかなかの圧巻です。こちらの場合の雅号の位置もやはり、もう一工夫されると尚、良くなると思います。
 次に、審査員賞の雅号 翔雲 長谷川宣夫氏の作品はF(figure人物)型30号に近・中・遠景にそれぞれのモチーフを研究なさったのかなと思われる内容を配し、墨の濃度等々を駆使して「そぼろ降る雨」と題し、まとめてありました。落款の位置ももう少々センスアップされると画面の広がりと引き締まりがあると思います。
 奨励賞の平井眞一郎氏の人物画ですが、サイズP型に「晴着」と題し、心を込めて丹念に制作されましたが、現在の存在感、空気感など、何らかの表現がなされるとさらに良くなると、惜しく思いました。
 最後に佳作二点について述べましょう。
 宮﨑弘子氏の「久遠」は画面左側の描写が少し心配でした。駄弁で申し訳ありませんが、もしかして右肩でも凝っておいでなのかも・・と思ってしまいました。しかし昨年は20号でしたが、本年は30号に表現されその意欲は素晴らしいと思いました。
 そして関恵梨子氏の「ネコノミクス」です。F10号と小さなサイズでしたが、今後の期待を含めた受賞です。勿論、出品される方々すべてに期待をしています。関氏の場合、小さなことですが、落款は一行でなく署名と雅印を少しづつずらして二行でおさめているのも画面に広がりを持たせる有効さがあるのでは、と思いました。この先、より豊かな表現になる為の研究も愉しみになります。

 

●洋画部門 大北 利根子(造形作家)

 今年は展示会場の変更にも関わらず172点の出品がありました。最高齢は、94歳の加藤幸太郎さんと池田信達さん。お二人は、それぞれのモチーフで今年も展覧会を盛り上げてくださいました。平均年齢74歳の作品群は、シニアの力漲る空間となり、多くの方々に制作する楽しみや感動を伝えられたことでしょう。
 私たちも172点の作品から勇気をいただき、それぞれの思いで鑑賞し、7作品を選出させていただきました。

優秀賞
相良松男さん「明と暗の奥に」
 分割線による平面構成を思わせる作品は、明暗の奥に美しい深い空間が描かれていました。
 比較的小さい作品ではありましたが、絵から離れたり近づいたりすることによって奥行きが表われるものでした。この仕掛けを意識的に使われたのかどうかわかりませんが、写実を通した抽象画にも見えるものでした。

阿部 尭さん「現代のバベルの塔」
 現代の不安や不確実性をバベルの塔とし、その中で齷齪(あくせく)働く小さな人間たちが送るメッセージに心打たれるものがありました。ブラシで描くだけでなくスクラッチの技法を使うことにより画面を探るような線が構築的で美しく力強さ兼ね備えた秀作でした。

石原幹廣さん「出航」
 どこかで見たことのあるような風景をグニュグニュとカラフルな色彩の曲線だけで描かれた作品でした。波は生き生きと表現され画面の外へ向かう軽快な動きがあり、連作を期待させるものでした。

審査員賞
青木千恵さん「夏の譜」
 今年は、ひまわりの作品が何点かありましたが、青木さんのダイナミックなタッチとエネルギッシュさに魅力を感じました。

奨励賞
熱田和博「雨あがる」
 雨上がりの道を歩く二人は、どんな会話をしているのでしょう。そして、どこなのだろうと思わせる表現に作者の独創性を見ることができました。

佳作
和田道弘さん「春の訪れ」
 ショーウィンドウから伝わる春の訪れをモダンでお洒落感漂う絵作りで淡々と描かれていました。他にはない描き方に面白さを感じました。

平沢研三さん「錦秋の森」
 表現主義の作品が思い浮かんだ美しく魅力的な作品でした。中央の朱色を強くすることでより一層錦秋の森の美しさが表わされたのではないでしょうか。

 

●彫刻・工芸部門 藤嶋 俊會 (美術評論家)

 公募展であるからには、お互いに切磋琢磨して技術や作風を競いあうところがあるのは当然である。新人の登竜門といわれる県美術展にはそうした傾向がよく見られる。しかしシニア美術展には、県美術展にはない特徴がある。それは若い人の作品によく見られる奇をてらった作風が見られないことである。自然体、マイペース、どこ吹く風といった姿勢がいい意味でみられることである。

今回入賞の作品では鈴木孝一(大賞選考で詳述)と木村八重子以外は常連の出品者といってもよい。その中で優秀賞受賞の木村のリボンを使った作品「日本の自然」は、素材が見せる美しさに着目した独自性が光る。細かい素材が集合してできる薄い隙間にリボンが躍動しているのが透けて見えるのは楽しい。次に山田公也「藍彩大皿」(陶芸)は確実な成型の技術と落ち着いた瑠璃色で重量もずっしりとして存在感を見せる。審査員賞の砂田紘子「怒涛」(陶芸)は、いつもボール状のオブジェで心境を表現する。奨励賞の林れい「秋の彩り」(切り絵)は、雑誌や包装紙をハサミで切り裂きながら作品の構想を練り、完成に近づける創作の楽しさが伝わってくる。本格的な彫刻作品がなかなか見られない中、佳作の國近克彦「さあ一献」(木彫)は貴重な存在であり、シニア美術展らしい雰囲気のある作品である。最後に佳作の高橋知子「立夏に舞う」(ガラス・タイル・セメント)も常連であるが、一定の技術に達しており、手慣れた構成から作者の意図が伝わってくる。

 

●書部門 清水 六穂(書家)

 近年出品点数が増加してうれしく思っていましたが、今回は38点で少々さみしく感じました。しかし60歳から102歳の方々の作品は内容、レベルとも例年に遜色なし、と拝見しました。
 第16回の全入選作品400点余りの内、最高齢者賞として書部門の河辺フジノさんの「光」に特別賞が贈られました。シニア展ならではのうれしい賞です。一筆ごとにしっかりと書き、落款も味わい深くみごとです。これからも仲間の皆さんと楽しく書いて、健康長寿の記念として来年もまた出品されることを楽しみにしています。

さて、今回の大賞(県知事賞)は浜田靜枝さんの行書作品です。
長年の精進が伺える作品で、リズミカルな流れの中に味わい深い線は、かつて出品された木簡の臨書が活きているのでしょう。
 優秀賞は受賞歴のあるお二人で、観る者の心に安心感を与えてくれる作品です。
 岩田トク子さんの行書作品は古典名筆に基づく真摯な姿勢が全体構成や字形の確かさに見られます。運筆、墨量も工夫しながら書の世界を楽しんでください。
 大井啓次さんの半切1行書は、運筆自在、その境地をそこに表出するシニアの理想作品です。落款はもう少し強くしたらいかがでしょうか。
 審査員賞は木村磨理子さんです。半切に2行の大字仮名作品の構成、墨の潤渇の美がみごとです。この集中力は貴重です。

 奨励賞には刻字作品の赤祖父照玉さん。中国の特殊な古文字、刻するに難しい木の材、そして仕上げの努力。それらを更に検討して 刻した刀の味わいが活かされる工夫を期待しています。
 佳作の岡本輝行さんの「書譜」の臨書は伸びやかな書線の特長を学びとり、まとめました。
形臨から発展的に意臨を試みることをおすすめします。
 もう1点の佳作は塚越正明さんの短冊2本です。出品歴も長く仮名の書に精通されての作品です。作品として発表する際には落款あるいは落款印が必要です。

 以上の外にも受賞に価する作品、心を癒してくれる作品が多く、来年以降を楽しみにしています。
 なお、応募作品の中に制作後、年月を経ているのではないかと思われる作品があります。このシニア展は毎年開催されます。「(3年以内作品で)未発表作品」の出品が原則です。
「人書俱老」(人と書とともに老ゆ)という語が「書譜」にあります。人は年齢とともに老練になり、風格が出てくる、といいます。

 皆さんお誘い合わせて書に親しみ楽しんで、その成果をご出品されるようお待ちしています。

 

●写真部門 大河原 雅彦(元神奈川新聞社写真部長)

●目の前の事象を気軽に素早く、ほぼ失敗無く撮影できるスマートフォンの普及は”一億総カメラマン“の時代を創出した。
おおげさに言えば誰もが”カメラ”を身につけている状況だ。しかもスマホのカメラ機能は年ごとに進歩して、「静止画から動画まで、写すことができない被写体は無い」と言われるほどに性能が向上した。
映像が身近になった。だからこそ物事を言葉で無く映像で伝えるという「写真」を大切にしてほしいのが私の願いだ。
一方、撮影した写真をもとにパソコンで画像処理し、さまざまな自己表現した作品も増えてきた。また最新のカメラには画像加工機能を内蔵した物もある。たとえば、紅葉の色合いも自由自在に変えられる。「写真とは?何を持って写真と言うのか?」との疑問は私の課題になっている。

●かながわシニア美術展大賞(県知事賞)
「閉店の朝」(へいてんのあさ)
 「写してやるよ」「ああ、いいよ」…。前掛けをしてちょいと斜めに立っている人に気取ったポーズはない。
豆腐店の主人と思われる人とカメラを向けた人は知り合いなのだろう。気取らず、自然に捉えたポーズだ。
タイトルの「閉店の朝」でガッテンがいった。単なるスナップ写真だが、店の周囲を取りこんだのが効果的だ。雑然としているが店の長い時間を伝えてくれる。祭礼が終わったら店を閉めるのだろうか。
一人のお豆腐屋さんの人生ドラマを描写した作品だ。

●優秀賞(神奈川新聞社賞)
「下野草咲く(シモツケソウ咲く)」
 実にシンプルな画面構成だ。
漆黒の闇の中に浮かび上がる一輪の花。木立の隙間から落ちるひと筋の光を巧みに使った一枚だ。白い花びらの部分に露出を合わせたから周囲が黒く落ち込んだ。
だが、光は花びらに続く葉と茎をも生かしてくれた。撮影場所は自宅の庭だそうだ。だからこそ、毎日観察し下野草が咲く時期に、イメージした光が注ぐタイミングを待ってシャッターを押すことができたのだろう。

●優秀賞(FMヨコハマ賞)
「人、人、人…何だろう」(ひと、ひと、ひと…なんだろう)
 ボリュームたっぷりの花の風景だ。
望遠レンズを使用したからこそ量感が出た。ツツジが斜面に咲き誇っている様子もよくわかる。
人物を織り込むことでスケール感が出た。ツツジの間に立つ人、画面下の人たちの群れは“祭りの舞台”に見入っているのだろうか。
人の動きを読み込んで画面を構成した成果だ。

●入賞(審査員賞)
「こころ影に現わる」(こころかげにあらわる)
 冬の太陽が歩道に落とした信号機と歩行者のシルエットを撮ったものだ。
写真の天地を逆にして作品とした。撮影時から意図してきたことだと思う。的確な判断だ。撮影には苦労したことだろう。天候、時間帯、通り過ぎる人の大きさと動きが、想定している画面構成にぴたりと収まらなければならない。歩道のタイルの模様も作品を応援している。

●入賞(奨励賞)
「夏富士のイルミネーション」(なつふじのいるみねーしょん)
 富士山が登場する四季折々の風景写真は作品展に必ずと言って良いほどに登場する。
しかも定番の季節に定番の場所で撮影したものが多い。だがこの作品は定番の場所から撮影したが、構成を決め、その条件に合わせるため時間をたっぷりとかけた労作だ。
富士登山をする人たちの灯りが山頂まで連なり、その光景が静かな湖面に見事、映し出されている。
撮影データを知りたいところだ。

●入賞(佳作)
「新緑の大樹」(しんりょくのたいじゅ)
 歴史を刻んできた老木の表情はしっかりと捉えた太い幹が見せている。対照的な鮮やかな新緑。
“老木とてまだ頑張れるのだぞ”と言っていそうだ。
画面右下の幹は画面を引き締め、新緑を際立たせている。

●入賞(佳作)
「初秋の潤い」(しょしゅうのうるおい)
 水玉が宝石のように見える。紅葉についた雨の水滴をマイクロレンズで接写。ピント、撮影ポジションもミリ単位の世界だ。背景の葉の色の濃淡、水玉のぼけ具合が奥行きを見せた。とりわけ画面右下のピントがぴしゃりと合った大きな水玉はまさにこぼれ落ちそうで、動きすら感じさせてくれる。