第15回かながわシニア美術展

安食 明雄 「残影」

 

受賞作品

かながわシニア美術展大賞 県知事賞

 

特別賞(入選者最高齢者賞) 神奈川県共同募金会賞

 

優秀賞

 

審査員賞 かながわシニア美術展審査員賞

 

奨励賞 かながわ福祉サービス振興会賞

 

佳作 かながわ福祉サービス振興会賞

 

入選作品

日本画部門

 

洋画部門

 

彫刻・工芸部門

 

書部門

 

写真部門

 

審査講評

 

●大賞 審査委員長 藤嶋俊會(美術評論家)

 今年の搬入日は台風が直撃して荒れた模様になり、少なからず影響を蒙ったという。それでも荒天にもめげず出品して来た人は、出品しなければ区切りがつかない年になってしまうことをできるだけ避けたかったのだろう。そんな心理も働いたに違いない。

 例によって各部門3点の候補作を一堂に集めて、推薦の弁を述べてもらい、大賞を決定するという進め方である。
 日本画は、矢澤幸子の「蓮の精」に水墨画2点、中嶋武の「森に生きる」と宮崎弘子「渓韻」である。大作「蓮の精」は蓮の象徴的なイメージをふんだんに散りばめた画面だが、少し硬い印象を受ける。

 洋画は、森田隆の「灯台」、尭風「かけがえのない日々」、鈴木昭「廃船の撤去」(水彩)の3点である。「灯台」の光の表現、「かけがえのない日々」の現代風の画面構成、いずれも優れた面を見せているが、今一つ押してくるものが不足している。それよりも「廃船の撤去」の現実を見つめるクールな視線が曖昧さを払拭するところを評価した。

 彫刻・工芸は、常連の林れい「森を彩る藤の花」と高橋知子「暑さに負けないで!!」、それに今回初出品と思われる河端一恵「白樹」の3点である。常連の2人もそれぞれ新しい境地を開拓しており、なかなかそこまで一定のレベルを保ち続けるの大変なことである。持続と挑戦の精神を評価したい。他方河端「白樹」は、板づくりの花器とも見えるし、白樺林の樹間をダブらせて見てもよい。白い釉薬がさわやかで巧みな造形感覚であった。

 写真は、河野浩之「姉妹」と安川健一「夜明」、加賀美益雄「堂閣」の3点である。この中で河野の「姉妹」は群を抜いていた。特に右側の少女の笑顔が、全員「すてきだね」と称賛していた。背景を暗くして、二人の顔だけが生き生きと輝いて見えた。なかなかこのような手放しでいいと思う写真には出会わないものだ。

 書は、時田幹子が「百人一首」から源宗干朝臣の「やまざとはふゆぞさびしさまさりける…」を、大島佐和は隷書「五言二句」(「雲過知禅意…」)を、八代明陽は行書「漢詩、劉長卿の「感懐」」の3点が候補で、この中から時田の「百人一首」が決定した。

 

●日本画部門 西松凌波(日本画家)

 この部門の大賞・神奈川県知事賞は昨年の優秀賞・横浜市長賞だった矢澤幸子氏の作品「蓮の精」(50号)で、人物を蓮の精に見立て、紅白の蓮の花を遠・中・近景に配し、浄土への道の散華も表現できている。因みに一昨年は、奨励賞の受賞者でした。
次の優秀賞・川崎市賞は中島武氏の作品「森に生きる」(20号)で、この方も前年は奨励賞を受賞しておられ、お二人とも確実に内容も表現力も向上が見られた。
同様に本年の優秀賞・相模原市賞の宮崎弘子氏の作品「渓韻」(20号)も前々より好印象の作品で応募なさっておいでですが、今回はより良い作品となっています。しかし落款の位置は、いま一つ工夫なさるのも一興かもしれません。

 さて、審査員賞は高橋幸恵氏の作品「厚木の秋日和」(12号)ですが、現在を見据えた視点で表現しようとする意味も読める。近景にコスモス(秋桜)、中景に二種類の稲架の型、遠景には秋の空を描く構成で微笑ましい。
 奨励賞は、田中實氏の「山里の初冬」(40号)で構図、色調、全体の仕上がりにも並々ならぬ雰囲気のある作品になっています。
 佳作賞二点は池田アイコ氏の作品「過疎秋灯」(15号」と墨彩画の松本征子氏の作品「ワラッテヰル」(超変15号)です。賞の候補作品は多数ありましたので、決めるのは大変でした。ですから、今回は賞に該当なさらなかった方もがっかりなさらず、又次回もぜひ応募なさることを願っています。シニアならではの今まで培った知識や感性、そして美意識を総動員して昔の文人たちのように 詩、書、画三絶を雅印を加えて四絶を目指す現代の文人画を期待します。

 蛇足ですが、心に残ったことを少々記して講評の結びにします。
一、 昨年までの出品の常連の方々がいくらか減少しましたが、実際の応募数は増加し、44名でした。
二、 先述した事ですが、全体的にも作品の質に向上ありと見えました。
三、 日本芸術界の課題ですので、難しいのですが領域名のことです。「日本画」と「洋画」の二区分のことでなかなか悩む処です。
四、 作品のまとめ方として、例えば風景画の中に人物表現も挿入する場合にファンタジーで括るのか時代性を重視するのかという事なども一考したいと思いました。
五、 以前出品したと思われる作品にほんの少々の変化や雅印を加えたのではと思ってしまうような作品なども気になりましたが芭蕉さんも、あの「古池や・・」の句の推敲を54回もなさったと聞きました。美的倫理観で参りたく思います。
最後に作品群を審査会場のみならず、展示会場でも再度拝見したく、会場に伺いました。展示がとても良くなされ、さすがに県のなさることは改めて感心した次第でした。

 

●洋画部門 大北利根子(造形作家)

 今年もお一人お一人の濃厚な人生経験から生まれた力作164点が並びました。
どの作品にもシニアだからこそ持ち得る勘に支えられた余裕を見ることができました。今年の特徴は、穏やかで丁寧な表現が見られ今後の飛躍の期待を抱かされました。

鈴木昭さんの≪廃船の撤去≫
廃船の撤去風景が青と茶のコントラストで明確に丁寧に描かれています。役を終えた船は、まだまだ活躍できそうな役を終えた船は、朽ちることのできない悲しみを漂わせ、静かな物陰で終わりの儀式を作業員に執り行われているかのように描かれています。

森田隆さんの≪灯台≫
灯台を取り巻く大気と灯台と町の光でしょうか。それらが交差しあって画面に動きをもたせ美しい色調のファンタジックな世界を描いてた秀作です。

阿部尭さんの≪かけがえのない日々≫
色調、構図から数多く制作をされてこられたことが窺えます。素朴な日々を寄り添って暮らす家族のありようを牧歌的なグリーンの色調で美しく表現しています。思い出としてのかけがえのない日々の一コマと見ることもでき、今一度かけがえのないものの大切さを考えてみたいと思わせる作品です。

加藤幸太郎さんの≪一輪車≫
好みのモチーフを使って一輪車でバランスをとるかのように巧みに構成されています。円、四角、三角形などの形の基本をリズミカルに若々しく鮮やかな色彩で心躍る作品に仕上げています。

杉﨑時秋さんの≪天空米 コシヒカリ 南魚沼≫
スキーシーズンオフのリフトを活用して効率的に米の天日干しをするユニークなアイディアを描いています。作業後の安堵感と米の旨みを願う作者の思いが伝わります。

勝呂利男さん≪白バラの咲く街≫
南欧の明るい季節の春でしょうか。近景のバラの花をもっと描き込み作者の存在を強調するとよかったのではないでしょうか。見る人にそれぞれの物語を呼び起こさせる作品になっています。

山崎富雄さん≪刻限Ⅱ≫
何かが朽ち果てていく様子は侘しいと共に美しく心を惹きつけられます。刻限を迎えたとき、無に帰する直前生き残ろうとする姿が群青の色調で重く描かれています。背景のシルエットや人物が説明的になり作品を複雑なものにしてしまったところが残念でした。≪刻限≫は、何作まで続くのでしょう。次作を期待しています。

 

●彫刻・工芸部門 春山文典(金工作家・横浜美術大学学長)

 今回15回展は応募搬入数は51点、前回よりやや減少した。
この部門の応募作品は例年、彫刻・工芸作品と言うよりも日常の身近なところから制作された、どちらかと言えば「手工芸的作品」が多くみられる。これは本美術展の趣旨からやむをえないことであろう。
アマチュア(素人)の方が作り手という条件、そして彫刻・工芸というくくりで分類された中で結果的には立体作品3点、平面作品3点、レリーフ(半立体)1点、と表現の幅を持った形で賞作品が選考された。

大賞(県知事賞)「白樹」は大樹を題材にした陶作品。おおらかなフォルム、細部より大きな面構成により堂々とした大樹を力強く表現。全ての色を排除し形そのものだけを追求し、見る側に作者の心を訴えている優れた作品。

優秀賞「暑さに負けないで!!」、ガラス、タイル、セメント等を用いたモザイク技法による平面作品。黄系統と黒の色調で「夏」を力強く、色のハーモニーは美しく、ガラス、タイルのカッティングされた複雑な小片もリズミカルである。
同優秀賞「森を彩る藤の花」、紙工芸の平面作品。本来絵の具での静物画・風景画が一般的であろう。しかしあえて既存の紙、それも多種多様な紙質、色調のなかから素材を選択し、表現することは、ある意味では困難なこともあろうか。この作品は描写のなかに幾何形体を合成したりして、モチーフを異次元的に表現した優作。

審査員賞「ナチュラルアート『伊那の千枚田』」、レリーフ(半立体)作品。竹、白樺等自然木片の素材を適所に用いている。
信州伊那地方であろうか、遠方の雪景色の冬の山脈、中景の山々、近景の千枚田、河、民家をジオラマ的に表現し力強い作品。

奨励賞「青釉掛分大皿『天空』」、陶作品。ロクロ成形によるおおらかな造形の大皿。油滴天目も美しく、成形と釉薬の色の調和も優れ、技術も確かである。

佳作「We must see eye to eye」、 陶によるユニークなほほえましい立体作品。五つの球体それぞれに目であろうか穴が穿ってあり、二個三個組とあり、それぞれ相対し合っている。色調も土そのものの素材色がテーマを訴えている。
同佳作「クレマチス」、数少ない金工作品。薄い銅板の表面を線描写で彫り刻み、横長な画面に豊かなクレマチスの花の群れを表現している。また銅板表面の酸化による色の階律も美しく銅地金色とのコントラストが美しい。

 以上が入賞作品であるが特筆は、本年も作品「貝桜」で特別賞を受賞された赤祖父あい子様に拍手をお贈りするとともに、今後ともご壮健であられますことをご祈念いたします。
※特別賞は最高年齢入選者

 

●書部門 清水六穂(書家)

第15回かながわシニア美術展に昨年を上回る大小多彩な出品があり、大変うれしいことです。62点のうち台風の影響で搬入できなかった数点は残念でしたが、全作品を丁寧に拝見しました。
努力の結晶の大きな作品、半紙や色紙の小品共に作者の表情を想像させて楽しく、うれしくなります。そして、永年書の勉強を積んだ方と近年お仲間と筆を持って楽しみ始めた方の作品を同じ場で審査する難点など考えさせられます。

いつもながら技法、練度共上々の作品が並ぶ中から最優秀の大賞(県知事賞)は時田幹泉さんです。百人一首を半切に、紙と墨の調和を考え、章法、線もよく見事にまとめました。第5句の渇筆が美しく左上部の余白を生かしています。

優秀賞の大島佐和さんは5言2句の文意と表現をマッチさせた隷書作品です。素朴さに加えてお人柄を思わせる柔和さもあって見る者に好感を与えてくれます。
優秀賞もう1点は八代明陽さんの草書7言詩の1節です。熟達した筆の運びが快い流れを、そして1行めには緊張感さえ見られます。やや走りすぎての字形の乱れが惜しまれます。

審査員賞には瓜生筑峯さんの草書千字文の臨書を推します。90歳にして千字分に取組もうという意欲と僧懐素の真髄に迫り見事にまとめた作品に感動し敬意を表します。

奨励賞は岡本輝行さんの小野道風書白楽天詩の臨書です。臨書は書を学ぶ上で肝要なことです。この作品に見られるように丁寧な、そして気脈の通った作品作りを今後も是非続けてください。

佳作は浜田靜枝さんと髙橋孝子さんです。浜田さんの草書5言句はその構成とリズムが魅力です。経験豊かなことと思いますが、書作品は字形の正確さも大切な事です。日常見慣れない草書体の字形確認も楽しんでください。
髙橋さんは貫名菘翁の「左繡叙」の臨書です。菘翁は19世紀の人で唐及び空海を学び明治以降現在も書人の心を引付ける人。半切2行にその特長を得てまとめましたが細部の筆づかいの工夫には原本をさらによく見ることをおすすめします。

健康は身と心がそろってこそのもの。その時々の体調を整えて筆を執ることが良いでしょうが、筆を持つことによって心身を整えることも期待できます。
今年の作品に臨書作品が多く、入賞7点の内3点が臨書でした。自運作品にも学んだ古典の香りが明らかなものもあります。全く自分流で書くよりも古典や名品を参考にして書くのは大変有効な方法です。おすすめします。 
今のあなたを作品にしてその中から来年も是非ご出品下さることを楽しみにしています。
以上

 

●写真部門 大河原雅彦(元神奈川新聞社写真部長)

〈総評〉
 私は、デジタルカメラはフィルムカメラに比較するとこの上なく便利だと思っている。まず、撮影結果がその場で判別できる。またフィルム時代にはとても撮影できなかった条件下でもシャッターが気軽に押せる。さらに撮影枚数が「36枚」という制限が無い。リバーサルフィルムだと、現像料込みで一本あたり2000円はしたはずだ。それに比べ、デジタルカメラはランニングコストが極めて安い。いいことずくめだが、一方、“数打ちゃ当たる”と安易に撮影してしまうという“落とし穴”がある。さらに「撮影後、画像をパソコンに取り込み、狙いに合った処理すればどうにかなるさ」の“悪魔のささやき”だ。
 「写真のデジタル加工はどこまで許されるのか?」と、問われることが多い。写真愛好家の集まりでもしばしば議論になることがある。私は「加工が許される範囲を示すのは難しい」と考えている。だが、写真は撮影したモチーフを的確に伝える手段であることは忘れてはいけないと思っている。歩道に舞い落ちたイチョウの黄葉を黄色一色に染め上げた作品や濃淡の無い鮮やかな緑色に包まれた“新緑の山”には違和感を覚えてしまう。
 フィルムの時代、「画像の制作の技術」は限られていた。撮影時のフィルターワークや流し撮り、撮影目的に合わせたブレ、露出の調節、そしてプリント時の覆い焼きぐらいだっただろうか。だからワンカットを大切にし、現像が仕上がるまで不安がいっぱいだった。ぜひ、写真の「原点」を忘れないでほしい。

〈講評〉
「姉妹」 河野 浩之  撮影場所:モンゴル・ゴビ砂漠
夜間撮影が効果的だった。ストロボライトが微笑む姉妹を浮かび上がらせた。被写体の姉妹は安心した表情でカメラに視線を向けている。とりわけ、画面右の少女の笑顔が印象的で、目線は撮影者のカメラに向いているのだが、この作品をどの方向から見ても少女のやさしい目が飛び込んでくる。命が吹き込まれた写真だ。

「夜明」 安川 健一  撮影場所:川崎市・中原区
この作品の主役である樹木が生かすことができる、時間帯と天候をじっくりと待って撮影に臨んだのだろう。枝の間から差し込む朝日、夜明けの空に描かれた一筋の飛行機雲。見事な画面構成。画面下の黒い地面が夜明けの風景をアシストしてくれている。

「堂閣」 加賀美 益雄  撮影場所:永平寺
寺院建築の様式美を捉えた作品だ。暗部を画面に取り込んでいるので、瓦が織り成す美しさが際立った。わずかに映り込んでいる、画面上部の屋根と背景の一部が作品に奥行きを出した。

「陽光六月」 原田 茂雄  撮影場所:横須賀市
見慣れている当たり前の風景に足を止め、作品に仕上げた作者の視線に拍手を贈りたい。歩道橋の影が十字になって下の道路に落ち込む時間帯を選んでいる。夏場の正午頃だろうか。画面中央に影をドンと捉えた構図は迫力がある。

「玉手箱いづこ」 立身 和雄  撮影場所:山口県・岩国市
川面に映り込んだ橋のシルエットをメインにした大胆な構図だ。欄干に人影も見える。この作品のキーマンは漁をしている人物だ。橋の陰が漁師を浮き立たせた。明と陰の絶妙な配分が良かった。

「天空」 道越 忠昭  撮影場所:長野県・鉢伏山
画面の大半を雲で占めた構図は大自然の迫力を感じさせてくれる。青空も効果的だ。点景でとりいれた山小屋は稜線のスケールの広がりを見せた。

「朝霧の湖」 横内 鋼二郎  撮影場所:山中湖
出会った風景に間髪入れずシャッターを押した作品だろう。存在感のある優雅な白鳥、湖面のボート、とりわけ雲の上に顔をのぞかせている富士山の頂きが印象的だ。